なぜゴキブリは人間たちから嫌われるのか 適当に考えてみた
こんにちは、ぽちです。
今年の夏は暑いですね。
まだまとまった夏休みが取れないので、夏らしいことは何一つしていません。この前、今年初めて好物のスイカを食べました。
で、今回のテーマは同じくスイカが好物のこいつです。
嫌いな人、申し訳ありません<m(__)m>
できるだけデフォルメされた画像を使いましたが、やっぱり見ていて気持ちのいいものではありませんね。今年は今のところ自分の部屋への侵入を許していませんが、アパートの共用部分や職場の休憩室ではよく見かけます。
今から3億4000年前から地球上に生息するというこのゴキブリ。
この昆虫は古今東西、古い時代からから人間に嫌われてきました。
しかし、なぜここまで人間は彼らを嫌うのでしょう(僕も嫌いだけど)。
ゴキブリは蚊や蜂のように人を刺すことはありません。もちろん蚊や蜂を見かけると逃げたり潰したりしたくなりますけど、ゴキブリほどの「嫌悪感」は感じませんよ。
また、鳴き声がうるさいわけでもありません。ただ物陰に隠れてひっそりと暮らしているだけです。ある意味、人間になんの攻撃もしてこない穏健な(?)昆虫です。
そんなゴキブリがなぜ嫌われるのか、少し掘り下げて考えてみました。
1 姿・形が醜悪だから?
ゴキブリが嫌われる原因としてよく言われるのは、その見た目の悪さ。
しかしどうでしょう?冷静に彼らの見た目を分析してみてください。他の昆虫とそれほど変わりませんよ?
コオロギや鈴虫が平べったくなれば、あんな感じになります。
草むらでピョンピョン跳ねて羽を震わせれば人間様に愛されて、平べったくなって台所を這いずり回れば、姿を見るなり最大級の嫌悪感とともに瞬殺されるわけです。彼らにとっては理不尽な話です。
そんなことを考えると、ゴキブリの見た目が嫌わる原因の直接の理由ではないと考えています。この姿が嫌いなのは、ゴキブリの「存在のあり方」(まどろっこしい表現ですが・・)が嫌いなことからの反射的効果なのではないでしょうかね?
2 ゴキブリが嫌われる「存在のあり方」とは何ぞや?
では姿・形とは別に、ゴキブリの「存在のあり方」で嫌われる点は何でしょうか。
思いつくままに挙げてみます。
⑴ どこから現れるかわからないという不気味さ
彼らは行動が機敏で、狭い隙間も平気で通過できます。概して極めて高度な移動能力があるわけです。
そうすると他の昆虫に比べて、人間の生活圏内に「不意に」入り込んでくるケースが増えるわけです。人間にとってはゴキブリに出会う心の準備が整うまでに対処を余儀なくされるので、それだけこいつに対する警戒心や不快感が強まるわけです。
例えば、彼らとの出会いがこんな感じだったらどうでしょう?
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ピンポーン♪
「はーい」
「ごめんください、ワタクシ、貴方のアパートで屋根を同じくさせてもらっているゴキブリでございます。お願いがあって参りました。」
「はぁ?」
「ついさっき、いい匂いにつられて、思わず隣の部屋にあったブラッ〇キャップの中身を舐めてしまったんです・・。」
「頭がぐらぐらして、もう立っていられません。寿命は持ってあと5分といったところでしょう。」
「しかし、死ぬ前にもう一度だけ、あの清々しいスイカの汁を舐めてみたい。お願いです・・どうか、どうか少しでいいからスイカの皮を恵んで下さい・・。そしたら思い残すことなく、そこの排水溝の近くで往生できます。」
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彼らがこれくらい礼節を弁えれば、僕だって会った瞬間に殺虫剤を吹きかけるなんて無慈悲なことはしないのです。
彼らが憎いのは、断りなく人のプライベート空間に入り込んでそこを席巻し、しかも隠れるのが上手いものだから完全排除するのが困難・面倒であるからなんです。
⑵ 強靭な生命力
同じく夏の風物詩とされる昆虫にセミがいますね。
しかしセミとゴキブリじゃ扱いが大違いです。
それはなぜか?
おそらくセミは地面から出てきて1週間しか生きられない儚い昆虫だからです。
こういう儚い存在には特に日本人は弱いです。桜と同様、脆い存在感を愛でる美意識が無意識のうちに形成されている民族ですからね。こういう昆虫は「季節感」と感じさせるシンボルとして手厚く遇されます。このようにしてセミは人間から愛される立場を見事に勝ち取ったわけです。
もしゴキブリにセミのような儚さがあったらどうでしょう?
「あら、うちにもゴキちゃんがでたわ。夏なのねぇ・・。せっかくだから虫かごに入れて焼き肉のタレでもあげましょうか。」
なんて言われるのも想像に難くありません。
強靭な生命力を持ったゴキブリは、その強さゆえ、「厚かましさ」「図々しさ」「意地汚さ」などの人間の持つマイナスのイメージをすべて背負い込むことになったのです。
⑶ 自分が「浸食される」と感じる恐怖感
その強靭な生命力に関連することですが、ゴキブリに遭遇すると「他にもいるんじゃないか」とか「自分の体の近くにいるんじゃないか」という何とも言えず落ち着かない気持ちにならないでしょうか。
この気持ちは、毛虫やゲジゲジなどの足のない虫を見たときと似ています。
僕が思うに、毛虫などの足のない虫は、バクテリアなどのように人の体内に浸食し蝕んでいくものを連想するため、人間は恐怖を感じるのではないでしょうか。死体にウジが湧くといいますが、それと似たようなイメージです。これらの虫を見つけたときに感じる「落ち着かなさ」は、この恐怖が根底にあるというのが僕の持論です。
そして強い生命力、活動力、そして繁殖力を持っているゴキブリは、足があるくせにこれらの虫の仲間入りをしてしまうのです。放っておくとどんどん増殖していくあのイメージは、自分の生命・生活への浸食の恐怖を焚き付けるんですよ。
これに対して蚊や蜂は、人間を刺す迷惑な生き物ですが、彼らに「浸食される」と感じることはありません。だから、ゴキブリとは嫌われ方が違うんです。
3 まとめ
以上をまとめると、ゴキブリについてはこのようなことが言えそうです。
「アンタが嫌われるのは、強くなりすぎたからだよ。今度生まれ変わったときは、相応の節度と慎ましさを持った生き物になんなさい。」
今日もこう思いつつ、玄関の周辺にスプレーをまく僕でした。
本日もお付き合いくださって、ありがとうございます<m(__)m>